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2015.07.19 強行採決
今回の衆議院での安保法案の採決を「強行」採決と言う人もいます。
議会で多数決により法案が採決される事を「強行」というなら、「普通の」採決との違いはなんだろう?
私にはよくわからない。

今回の「強行」採決について自分の意見をまとめてみました
「強行」と考える人の代表的な意見を抽出し、それに対して反証を試みることで自分の意見をまとめてみました


<強行採決と考える人の意見1>
審議時間か足りない
<反証>
いくら議論を積み重ねても、賛成の議員はどこまでも賛成。反対の議員はいつまでも反対。
国会での審議で、意見が変わる議員は一人もいない。
審議時間を増やしても、可否の結果が変わることはない。


<強行採決と考える人の意見2>
国民の理解が得られていない
<反証>
今現在、理解していない国民はそもそも安保法案に興味がない国民
そもそも興味のない国民にいくら説明をしても、これ以上国民の理解が得られることはない


<強行採決と考える人の意見3>
デモで多くの国民が安保法案に反対している
<反証>
選挙の有権者数は1億人
10万人(主催者発表)がデモで反対したとしても、有権者の0.1%が反対をしているにすぎない。
5千人(警察発表)では、有権者の0.005%(50ppm)・・・全く話にならない


<強行採決と考える人の意見4>
世論調査の結果、国民の多くが反対している
<反証>
選挙結果より世論調査を優先する理由はひとつもない


<強行採決と考える人の意見5>
数の論理のおしつけ
<反証>
多数決の否定は、「現在の」民主主義のルールの否定。
そうであれば、この議論は国の政治体制に関わる議論になる
安保法案の議論にはならない
もっとひろく議論をしなくてはならない
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歴史問題は解決しない 倉山 満 (著)

読了

戦後レジームからの脱却を安易に考えないほうがよいという事

以下メモ

ウエストファリアで戦争のルール(国際法)が確立された
「異教徒を殺さなくてよい」ウエストファリア会議でスエーデン国クリスティーナ女王は言った。それまでは「異教徒は殺さなくてはならなかった」。それが宗教戦争

南北戦争は最初の総力戦。アメリカ合衆国(北部)はアメリカ連合国(南部)を消滅させた
停戦からが「総力戦」の本番

歴史とは外交の武器であり支配の道具である。
フランス革命「自由 平等 友愛」と叫びながら、ルイ16世を殺してしまう
シュタイン曰わく「憲法とはその国の歴史、文化、伝統そのものである。」
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オールコックの江戸―初代英国公使が見た幕末日本 (中公新書)
2003/8 佐野 真由子 (著)

読了
幕末、初のイギリス領事オールコック
中国からの赴任してきたせいか、東洋に対する不信感を持って日本に来る
滞在期間は3年あまり
最後には日本を愛してくれた様子
ありがたい
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約束の日 安倍晋三試論 (幻冬舎文庫)約束の日 安倍晋三試論 (幻冬舎文庫)
(2013/07/19)
小川 榮太郎

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安倍の葬式はうちで出す
朝日新聞幹部の言葉
第一次安倍政権は朝日新聞に潰れた。

今こそ、再び戦後レジームからの脱却が必要
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2015.04.20 火縄銃と兵站

図説世界史を変えた50の武器図説世界史を変えた50の武器
(2015/01/26)
ジョエル レヴィ

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兵站(注)が必要になったのは武器として火縄銃が使われだしてからだそうですp81

火縄銃はスペイン人が15世紀の中ごろ発明したもののようで、日本では戦国時代の終わり(1575年)に織田信長が長篠の戦いで使用して、相手の武田軍に甚大な被害(戦死者1万人)を与えたことで有名です。

火縄銃には込め矢、弾薬などが必要で結構な重さになったそうです。
そのため自分で食べる食料などを、兵站で補う必要があったそうです。
火縄銃の出現以降、戦争においては兵站という考えが重要になってきたそうです。

第二次世界大戦中に日本軍が兵站に失敗し、多くの餓死者を出しています。
戦死者230万のうち100万人以上は兵站の失敗による餓死者や病死ではないかとも言われています。

日本軍が多くの餓死者を出して事で、日本軍は兵士を大切にしていなかったというむきもありますが、戦線を広げすぎたために兵站が追いつかずの事だったと思います。
兵士を大切にしていなかったからではないと思います。

注:兵站(ヘイタン)・・・前線へ物資(例えば兵器や兵士の食料)をすること
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プラトンはその著「国家」にて、国家体制は民主制から僭主制に移行すると指摘している(そうです)。

戦前、民主主義国家のドイツからヒトラーという僭主が登場したことを岩田は以下のように指摘している。

民主制についてのプラトンの警鐘は、20世紀、ドイツにおけるワイマール体制からヒトラーの出現に至る経緯を思い起こした時、その正鵠を射た指摘に慄然とせざるをえないp104
日本人の歴史哲学―なぜ彼らは立ち上がったのか日本人の歴史哲学―なぜ彼らは立ち上がったのか
(2005/11)
岩田 温

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また加藤陽子も戦前の日本において、本来の議会の変わりとして軍部に人気が集まった事を指摘している。
それでも、日本人は「戦争」を選んだそれでも、日本人は「戦争」を選んだ
(2009/07/29)
加藤 陽子

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戦前の日本、ドイツが民主制から僭主制に移行した事のみ考えると、プラトンの指摘は一見正しかったように思えます。

しかし、民主制だからといって直ちに僭主制に移行するかといえばそうでもない様子です。

例えば現在多くの国家は民主制です
民主制であっても僭主制とはならないならない・・・
これはなぜなのか?
プラトンの指摘と違うのではないだろうか?


また戦前であっても民主制の国、例えばイギリスやフランスに僭主は出現していない。
これまたプラトンの指摘とは違うのではないか?

さらに言えば、プラトンは民主制が最善のものは「自由」であり、その自由が「放縦」にはしり、そのとき僭主制を招来するとしている。
もしそうであるなら、日本、ドイツにおいて、より自由である戦前より現代のほうが僭主が出現しやすいのではないか?
しかし日本ドイツはもとより、他の民主制国家においても僭主が出現しないのは何故か?

プラトンの指摘を考えるとき、当たることもあるが
多くの場合当たらないと考えるほうが正しいように思われる
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日本語の哲学へ (ちくま新書)日本語の哲学へ (ちくま新書)
(2010/09/08)
長谷川 三千子

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深く知る事が幸せになる方法だと思いました

少し前(2014/02)の事になりますが、 長谷川三千子がNHKの経営委員になりました。
その時マスコミは、長谷川はNHKの経営委員に不適任であるとバッシングをおこないました。
以前、長谷川が右翼である野村秋介の行動を礼賛する文章を書いたため、長谷川氏が中立公平とはいえないという事だそうです。

その頃放映された「そこまで言って委員会」での、金美齢の発言(6分頃から)は印象に残りました。


金は、長谷川について「その思想というか、哲学、知性にはみんな足元にもおよばない」と発言しております。

長谷川は現代の日本を代表する哲学者です。
マスコミは、長谷川の書いた文章を前後の脈絡も無視し十数文字の切り抜いて、その数十文字だけを元にバッシングをおこないました。
これは長谷川の時だけに限らず、いつものマスコミのやり方です。

民主主義国家である日本では国民に主権があります。
国民の判断が国家運営に大きな影響を与えます。
私達国民が間違った判断をすれば、国家は間違った方向に運営されます。

国民がマスコミのバッシングその連呼に影響されていては、よい国家運営はできないと思います。
国民はマスコミの流す表層的な言葉より、深く物事を知ることが大切ではないでしょうか?
それがよりよい国家運営に必要ではないでしょうか?

自戒の意味も含めて、多くの国民がマスコミの表層的な言葉に迷わされず、それぞれの奥にある思想に目を向けてくれる事を願います
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2015.04.15 歴史哲学
「歴史」がなんらかの価値観によって取捨選択され、創出されるものであるとすれば、この価値観を歴史哲学であるといえよう。p22
日本人の歴史哲学―なぜ彼らは立ち上がったのか日本人の歴史哲学―なぜ彼らは立ち上がったのか
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岩田 温

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すべての戦争は自衛意識から始まる---「自分の国は血を流してでも守れ」と叫ぶ人に訊きたいすべての戦争は自衛意識から始まる---「自分の国は血を流してでも守れ」と叫ぶ人に訊きたい
(2015/01/30)
森 達也

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「「自分の国は血を流してでも守れ」と叫ぶ人に訊きたい」という副題にひかれて読んでみました。

僕は叫びこそしませんが、自分の国は命を賭しても守らなくてはならない時があると思っています。
森達也は何を訊きたいのかと思い読んでみましたが、いっこうに訊きたいことが書いてありません。
自分の言いたいことは書いていますが、何を訊きたいのかはよくわかりませんでした。

後でわかったのですが、森達也は2013年に「「自分の子供が殺されても同じことが言えるか」と叫ぶ人に訊きたい」という本をだしています。
こちらは読んでいないのですが、どうも「訊きたい」シリーズの一環のようです。

時間がもったいないのでもうこの著者の本は読まないようにしたいと思います。
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