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国家の秘密はある程度守られなくてはならない。
同時に国民は国家を監視するため知る権利がある。

それではどこまで秘密にして、どこまで教えなければならないかと言うと、線引きは難しい。
さらにそれを法律の上でどう文言に表すかは、なかなか素人がわかるところではないと思います。

ちょっと私が気になるのは、これは法律であるので現政権だけに適応されるわけではないということです。

我々国民はあまり賢くないようで、間違って「民主党」のような党に、政権を委ねる事が起こってしまします。
特に小選挙区では起こり易いのです。

国民が(少し)間違っても、とんでもない事にならないように法を整備していかなくてはならないと思います。
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2013.10.30 戦争
誰も戦争を教えてくれなかった誰も戦争を教えてくれなかった
(2013/08/07)
古市 憲寿

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僕はいわゆる保守だと思ってます。
最悪の自体の時は日本国を守らなきゃならない。
そのためには戦争も致し方ないと考えています。
本当はこんなの保守でも何でもないと思っていますが、今の日本では保守なのだと思います。

対して、今の日本は戦争がおこらない。
否、おこしてはならない。
だから戦争をするための軍隊は必要ない。
と、考えるのが革新。反保守なのだと思います。

僕ももちろん戦争はないほうがいいと思っています。
でも、相手がいることで相手が仕掛けてきたらどうしようもないと思うのですが、違うのでしょうか?

(注)本文の内容は本書とはあまり関係がありません。本書を読みながら私が考えたことです。
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僕は先日のみのもんたの会見からは、不快感しか感じられませんでした。
みのもんたの、被害者然とした態度に不快感を感じました。

私は31歳になる息子が犯罪を犯したからといって親が責任をとる必要はないと思っています。
その限りではみのもんたは自粛する必要はないと思います。
しかし、みのもんたの今までの報道姿勢をみれば、自粛するのは仕方ないととも思います。

もし、みのもんたが、息子のような犯罪を報道する立場だったとしたらどうしたでしょうか?
「ひどいもんですねー。親の責任もあるんじゃないでしょうかぁ」と言うでしょう。
これが今までのみのもんたの報道姿勢です。
この姿勢であれば、みのもんたは責任をとって自粛するしかないでしょう。

私はみのもんたこそ、このような世論を形成したひとりだと思っています。
それにも関わらず自分の事になると、親の責任を問うマスコミの姿勢に屈して止めざる終えなかったと言っているのです。
自分は被害者だと思っていることです。
私にいわせれば自業自得です。

参考:辞めなければ収まらない「日本の風潮」は、みの自身が作ったのでは(産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/131028/ent13102808530003-n1.htm


もう一点不快感を感じたのは、真摯さがないことです。
みのもんた自身、「自分の子育てに問題があった」と言いながら、息子に一言と記者からの質問に「ばかやろう」と言っています。
つまり、自分は悪いと思っていないのです。
息子のせいで、俺が被害をこうむったと思っているのです。
だから「ばかやろう」という発言が出てくるのです。

子育てに問題があったと本気で思っているなら、息子に対する言葉は「ばかやろう」ではなく「申し訳なかった」ではないでしょうか?
俺の子育てが悪くて、おまえのような息子にしてしまった、「申し訳なかった」と息子に謝るのではないでしょうか?

みのもんたは本気で自分の子育てに問題があったなんて思っていないのです
私は「子育て」の問題ではなく、子育てをする「親」に問題があったと思うのです。
いまだにみのもんたは真摯に問題に向き合っていないのです。
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愛妻日記 (講談社文庫)愛妻日記 (講談社文庫)
(2007/04/13)
重松 清

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生きていくのに、性の問題はとても大きいと思います。
これは誰もが認めると思います。
男も女も同じだと思います。

セックスという行為は、子孫を残すという、それはもう人生における最大のテーマでもあります。
もし誰かから、「何故生きるか」と問われれば、私なら「子孫を残すため」と答えると思います。
人間のみならず、ありとあらゆる生物にとって、子孫を残すというのは、生きるうえでの最大のテーマだと思います。

一方で、すごくプライベートな事で、普通このような話をしません。
経験人数が何人とか、昨日こんなセックスをしたというような話は、よほど仲が良くても話しません。

セックスの話をしようとすると、生真面目な「生殖」についての講義になってしまうか、
聴くに耐えないエロエロ話になってしまって、「普通」に会話することが難しいです。
昨日晩ご飯にすき焼き食べたんだというようなノリで、昨日○○ちゃんにフェラチオしてもらったんだなんて話はできない。

まあ、あたりまえか^^;

でもこういう事を避けないで普通に取り上げてみるのも悪くないんじゃないかなと思っています。
リアルな世界ではすごく重要なテーマであるにも関わらずセックスの話をすることは少ないので、
このブログで「普通」にセックスの話をしてみたいんだけど難しいというのが本音です。

でも、ちょっと思うのが、「普通」にセックスの話ができるようになると、
あんまりセックスが楽しくなくなっちゃうんじゃないかなーって心配もあります^^;
秘められてこそ楽しいというのも本当だと思うからです。
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残念なことですが、人は津波を含む大災害から逃げられないと思いました。
大災害と言っているのは50年とか100年に1度くらいの災害、一人の人の人生に一度あるかないかの災害の事です。
最近では、2011年の東日本大震災の事です。
10月16日の大島の土砂崩れの被害も同様ですが、ここでは東日本大震災の津波の被害を中心に書いていきます。
私が逃げられないと考える理由は3つです。そのどれもが人間の心理によるものです。

ひとつめの理由は、人は自分の経験しなかった事はなかなか身につかないということです。
最近土曜日に放映している「137億年の物語」をみてて覚えたのですが、「賢者は歴史に学び、愚者は経験に従う」という言葉があるよう。けだし名言だと思います。
しかし残念ながら大抵の人間は愚者です(もちろん私もです エッヘン!)。
人生に一度あるかないかの事は歴史から学ばなければならないのですが、愚者である我々は経験に従うしかないのです。
いつの日か賢者が増え、歴史に学べれば大災害に被害も少なくなるかもしれません。
それでも「学ぶ」ことはできても、一生に一度の事を「実践」するのはなかなか難しそうです。

ふたつめの理由は人は災害に備えて、日々の便利さを捨てれないのです。
津波の被害を避けるためには、山に住んでいたほうが良いです。
しかし、漁師は山に住むより、海岸に住んでいたほうが便利なのです。
津波の被害に怯え、日々の便利さを捨て、山に住みつづけることは難しいのです。
いつの日か漁をするのに海よりも山に住んでいたほうが便利な日がくると良いのですが・・・
・・・でも山も地滑りの危険があるので、一概に山が良いとも言えないんですよね。

3点目は人は辛い記憶を背負ったまま生きていくのが困難だということです。
できれば、痛みを忘れて生きていきたいと考えます。
津波の記憶は辛いものだと思います。その辛さをいつまで背負って生きていく事はできないのです。
津波の痛みだけならまだしも、人は生きていくとさまざまな痛みを引き受けなくてはならない。
その記憶を保ちながら生きていくのは、現実不可能だと思う。
辛い経験をトラウマとするのではなく、忘れる事は健康な生き方だと思います。
健康な生き方を捨て、不健康な生き方を人は選ぶことはできないと思う。

以上3点より、人は大災害から逃げられないと思う。
少なくとも今は無理だと思います。
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2013.10.25 目からウロコ
真実の中国史【1840-1949】真実の中国史【1840-1949】
(2011/10/22)
宮脇淳子

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この本を読んでいると目からウロコが落ちる。
例えば、「苦しいから革命が起こったと言うのはウソなんです。革命は力をつけた2番手の勢力が起こすのです」p52という記述があります。
確かに、苦しんでいる民衆や農民にはその日一日を生きるので精一杯。革命を起こす余力はないのです。
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真実の中国史【1840-1949】真実の中国史【1840-1949】
(2011/10/22)
宮脇淳子

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清朝が滅んでから、中華人民共和国が誕生するまでの中国の歴史というのはよく解らなかった。
この本は、このころの中国を理解するのに役に立ちます。
そして、現在の中国を理解するのにも役に立ちます。

中国はひとつじゃないし、言葉も通じない。
この国ではまともに選挙も行なわれない。

日本が思っているよな、国の体をなしていないのです。
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2013.10.23 清仏戦争
真実の中国史【1840-1949】真実の中国史【1840-1949】
(2011/10/22)
宮脇淳子

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日清戦争の10年ほど前、清仏戦争というのがありました。
構図は、日清戦争と同じです。
日清戦争は朝鮮をめぐる、日本と清国との戦争でしたが、清仏戦争はベトナムをめぐる、フランスと清国の戦争でした。

清仏戦争以前、清国はベトナムの宗主国でしたが、戦争に負けて宗主国の座から落ちました。
日清戦争も同様で、日清戦争以前、清国は朝鮮の宗主国でしたが戦争で日本に負けて宗主国でなくなりました。

当時フランスは東南アジアに大きく進出していました。
参照:フランスによる東南アジア征服

私自身は日清戦争は侵略行為だとは思っていませんが、日本人の中にはそう思っている人もいるようです。
もし当時の日本を侵略国家と非難するなら、日本以上にフランスこそ侵略国家と非難すべきではないでしょうか?
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2013.10.22 江戸
芭蕉と旅する「奥の細道」 歩いたルート順に名句を味わう (PHP文庫)芭蕉と旅する「奥の細道」 歩いたルート順に名句を味わう (PHP文庫)
(2013/06/05)
光田 和伸

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芭蕉が生きた時代は17世紀の終わりころ、江戸の前期とでもいう頃だろうか
芭蕉の句のすばらしさはともかくとして、
この本を読むと当時の様子が少しはわかります。

・俳人などのわびさびを尊ぶ文化があった
・俳句を楽しむ余裕のある人がいた
・国々をだいたい安全に歩き回れた
・お伊勢参りが行なわれていた
・遊女がいた
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