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プラトンはその著「国家」にて、国家体制は民主制から僭主制に移行すると指摘している(そうです)。

戦前、民主主義国家のドイツからヒトラーという僭主が登場したことを岩田は以下のように指摘している。

民主制についてのプラトンの警鐘は、20世紀、ドイツにおけるワイマール体制からヒトラーの出現に至る経緯を思い起こした時、その正鵠を射た指摘に慄然とせざるをえないp104
日本人の歴史哲学―なぜ彼らは立ち上がったのか日本人の歴史哲学―なぜ彼らは立ち上がったのか
(2005/11)
岩田 温

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また加藤陽子も戦前の日本において、本来の議会の変わりとして軍部に人気が集まった事を指摘している。
それでも、日本人は「戦争」を選んだそれでも、日本人は「戦争」を選んだ
(2009/07/29)
加藤 陽子

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戦前の日本、ドイツが民主制から僭主制に移行した事のみ考えると、プラトンの指摘は一見正しかったように思えます。

しかし、民主制だからといって直ちに僭主制に移行するかといえばそうでもない様子です。

例えば現在多くの国家は民主制です
民主制であっても僭主制とはならないならない・・・
これはなぜなのか?
プラトンの指摘と違うのではないだろうか?


また戦前であっても民主制の国、例えばイギリスやフランスに僭主は出現していない。
これまたプラトンの指摘とは違うのではないか?

さらに言えば、プラトンは民主制が最善のものは「自由」であり、その自由が「放縦」にはしり、そのとき僭主制を招来するとしている。
もしそうであるなら、日本、ドイツにおいて、より自由である戦前より現代のほうが僭主が出現しやすいのではないか?
しかし日本ドイツはもとより、他の民主制国家においても僭主が出現しないのは何故か?

プラトンの指摘を考えるとき、当たることもあるが
多くの場合当たらないと考えるほうが正しいように思われる
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