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福島原発行動隊という団体があります。
若い人、つまりこれから子作りや子育てをする人が、被爆するのはかわいそう。その人たちに代わって、子育ても終わり、被爆しても身体的影響も少ない老人が福島原発で働こうという活動です。

非常に感銘を受け、将来は私もぜひ働きたいと思っています。
給料は安くても、生活していける程度であれば応募したいと思っています。
つまり、滅私奉公です。

このような事をいうと、なんだかすごく高尚な事を考えていると誤解されがちですが、私の中では「どうだ、偉いだろう」と言うようなえばっているような、ちょっといやらしさもあります。

それはさておいて、私には別の現実がありまして、そこでは公滅私奉公ができない。
別の現実とは、私のすむ地域の近くで原発の建設がすすめられている事です。大間原発です。

原発の是非については議論がありますが、私自身は経済活動のために容認する考えです。
つまり、日本国(公)のために原発は仕方がないと思っています。
その考えからすれば、我が家の近くに原発ができても、公のために私を捧げることができそうなのですが、心情的にそれには抵抗があります。

事故があった時、私以外の家族や地域の人にも被爆の被害が及ぶからというのもありますが、仮に私一人しか被害に遭わないとしても反対です。
それなり、否、普通以上の見返りがないと建設を認めることはできません。


この違いはプライドの問題なんだと思います。
自尊心を満足させることができるかどうかの問題なのだと思います。

福島原発行動隊での作業は自発的であり誇りが得られるのです。
自尊心自体が報酬であるようです。

しかし、地域に原発が建設されるのは押し付けられたものと感じます。
これには不快感を感じます。誇りを感じることができないのです。
自尊心と言う形で報酬は得られないので、別の形で報酬を貰わないと心を納得させれないのです。
それで必要以上の金銭と言う形で要求することになるのだと思います。
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