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私は三権分立は危ういと何度か書いてきました。(2013/01/222014/02/22
三権分立は立法、行政、司法にそれぞれ権力を分散させることで、権力の独占を防ごうという考え方です。

私が危ういと書いたのは(私の知る限り)、民主主義国においてそれぞれの権力が完全には独立していないからです。
それぞれの権力が独立していない限り、権力はどこかに独占される恐れがあります。
そのことを憂いているのです。

例えば日本の場合は、議会(立法)の与党の党首が内閣を作り、その内閣(行政)が裁判所(司法)のトップを指名します。
イギリスはもっと密着に関連していて、議会の与党党首が内閣を作り(ここまでは日本と一緒です)、さらに裁判所のトップは内閣の閣僚なのです。
それぞれ関連しあっていて、独立していないのです。

しかしながら、この三権分立を提唱したモンテスキュー(法の精神1748)でさえ、完全な独立は考えていなかったのです。(p90)
憲法とは何か (岩波新書)憲法とは何か (岩波新書)
(2006/04/20)
長谷部 恭男

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モンテスキューは司法については独立を考えていましたが(注1)、立法と行政については関連しあわなくてはならない。そうでなければ、国家の運営がうまくいかないと考えていたのです。

(注1)モンテスキューの司法権に関する考え方はおもしろく「司法権は市民から無作為に選ばれ、裁判が終わればもとの市民にもどっていく陪審制度が望ましい」と考えていました。そうすれば、「恐るべき裁判権力」は、特定の身分や職業に結びつけられることなく「無となる」と言うことです(p90)。モンテスキューがいかに司法権を恐れていたかわかります。
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