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日本建国の謎に迫る 中杉弘

日本人の祖先はユダヤ人だった。
始皇帝の命を受け、徐福(じょふく)が10万の兵を率いて、日本へやって来た。
徐福はユダヤ人。
徐福は神武天皇であり、神武天皇の東征は、徐福の征服の歴史でもあります。

だ、そうです。
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2014.06.12 農奴解放
ヨーロッパ、ロシア、イスラム圏では古くから農奴がいました。
ローマ帝国末期(4世紀)ころから居たと言われています。

農奴は移動の自由を制限された農民の事です。
土地とセットで領主(地主)の所有物だった奴隷の事です。

農奴解放の始まりはイギリスで15世紀ころからと言われています。
14世紀、イギリスを含む欧州でペストが大流行しました。
イギリスの人口は700万人から200万人まで激減したと言われています。

農民の減少に伴い、農地を耕す人がいなくなりました。
領主は農民に有利な条件(農奴解放)を与えることで、自領の農民を確保しようとしたようです。

農奴が開放されたのは、概ね西欧が東欧より早かったとようです。

また、農奴制が崩壊した理由として、産業革命の発達が挙げられます
農奴は土地を離れ、都市に逃げ込み労働者となることができたからです。

1956年のブータンを最後に農奴はいなくなりました。
幸せの国「ブータン」がつい最近まで農奴制だったのはちょっと意外です。

余談ですが、日本でも小作農という農奴に似たような人たちがいたという人がいます。
しかし、小作人は領主(地主)の所有物でなかったという点で農奴とは別物といえるでしょう。
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海賊とよばれた男 上海賊とよばれた男 上
(2012/07/12)
百田 尚樹

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大東亜戦争で失われた徴用船は、商船3575隻、機帆船2070隻、漁船1595隻の計7240隻
そして戦没した船員、漁民は6万人以上に上る。
彼らの戦死率は43%と推察され、これは陸軍軍人の約20%、海軍軍人の16%をはるかに上回る数字である(p373)
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政治の起源 下 人類以前からフランス革命まで政治の起源 下 人類以前からフランス革命まで
(2013/12/25)
フランシス・フクヤマ

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フクヤマは世界の偉大な文明のうち、法の支配が存在しなかったのは中国だけだと(下p68)と言います。

ここでいう法とは、その地域に住む人々が共通に正義と認める事です。
それは一般的には宗教の形をとります。

欧米、中東、インドどの国においても、強弱はあれど為政者は法の支配を受けていました。
しかし、中国だけは為政者が法を支配したのです。
過去も今も為政者が法を支配しているのです。

法の支配のないところでは、為政者の好き勝手放題の政治がおこなわれるはずです。
国民から税を搾り取れるだけ搾り取るはずです。

しかし、中国の皇帝は多くの場合そのようにはしなかった様子です。
何故でしょうか?法以外の何によって、皇帝の行動は抑制されたのでしょうか?

中国は多くの戦争を経験してきています。
中国の歴史は乱世(戦争)と治世(統治)の繰り返しです。
為政者と国民は無秩序な状態(戦争状態)より、秩序ある不平等を選んだのかもしれません。

その考えが、林思雲のいう避諱(ヒキ)なのかもしれないと思うのです。
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ヒトラー『わが闘争』がたどった数奇な運命ヒトラー『わが闘争』がたどった数奇な運命
(2011/05/17)
アントワーヌ ヴィトキーヌ

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「わが闘争」はヒトラーの書いた本です。
ホロコーストも含めヒトラーの政策がすべて書かれています。

1925年に刊行され1200万部も売れました。
ドイツ国民がほとんど読んでいたでしょう。
読んでいずとも内容は知っていたでしょう。

しかし、1945年戦後、ほとんどのドイツ人は読んだことがないと言っていい、
「わが闘争」を捨ててしまったようです。
読んでいたといえば、連合軍からひどい仕打ちを受けると思われたからでしょう。
戦争責任を問われると思ったからでしょう。

よく日本人と比べてドイツ人は戦争を反省しているという人がいます。
確かにドイツにはホロコーストの遺産を保存したりしているようです。
しかしそれは大量虐殺に対する反省です。
1945年のドイツ国民の、行動からは「戦争を反省」などとは思えません。

また100歩譲って、現在反省しているとしても、戦争を反省しているのではなく、
ホロコーストを反省しているのでしょう。
ドイツ国内に、ホロコーストは別にして、戦争を起こしてしまった事に対する反省のモニュメントはないと思います。

ドイツが戦争を反省していて、日本が反省していないというのは嘘だと思います。
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ヒトラー『わが闘争』がたどった数奇な運命ヒトラー『わが闘争』がたどった数奇な運命
(2011/05/17)
アントワーヌ ヴィトキーヌ

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ドイツを戦争やホロコーストに導いたのはヒトラーです。
確かにヒトラーです。
でももしヒトラーがいなかったとしても、
別のヒトラーのような人がドイツを戦争に導いたと思います。
なぜなら、当時のドイツにはベルサイユ条約での賠償金に対する不満と
ユダヤ人の社会進出に対する不満があったからです。

同様に日本を戦争等(注1)に導いたのは軍部です。
しかし軍部だけが悪いわけではなく、そうならざる終えない雰囲気が日本国にはありました。
当時の日本には、欧米列強に対する不満がありました。

ドイツも日本も国民の不満をなんらかの形で解消せざる終えなかったのです。
それが結局戦争という形だったのだと思います。

(注1)満州事変(1931)や日華事変(1937-)の事。第2次世界大戦のことではない。
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政治の起源 上 人類以前からフランス革命まで政治の起源 上 人類以前からフランス革命まで
(2013/11/06)
フランシス・フクヤマ

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最近の研究(注1)によると、人類はその起源より個人で生活していたことはない。
それは、遺伝子的に人間に一番近い動物であるチンパンジーやアマゾンやニューギニアの部族社会の観察でもそう考えられる。最近の知見では家族を基本とする社会が自然状態であった。
つまり、ホッブズの考えた自然状態はなかったのです。

17ー18世紀に起こった、欧米の政治システムの変革(注2)に寄与した思想は、最近の知見とは別の考え方でした。
当時の政治システムに思想的に影響を与えたのが、ホッブズ(英1588-1679)、ロック(英1632-1704)、ルソー(仏1712-78)の3人です。
彼らの考えにはそれぞれ差異はあるものの、家族を考慮しない個人しかいない状態を自然状態を考えたのです。
ホッブズは自然状態では「万人による万人の闘争」が行われるとし、それを避けるために個人が社会と契約を結ぶと考えた。
ロックやルソーはホッブズほどひとくないとしながらも、やはり自然状態では個人であったと考えたのでした(注3)。

そして欧米の政治システム(つまり現代の民主主義)は、この3人の思想をベースに発達してきました。
そのため欧米を参考に作られた、現代の日本の法律も個人を前提にかかれていて、家族の概念は希薄になっいるようです。

それが法律と実際の生活との違和感の一因になっているのだと思います。

(注1)霊長類学、集団遺伝子学、考古学、社会人類学、進化生物学(p59)
(注2)イギリス革命(1689)、アメリカ独立宣言(1776)、フランス革命(1789)
(注3)17ー18世紀の西洋の大思想家が皆、個人を基本に考え、家族に重点をおかなかった。その背景はなんだったのか今後考察してみたいと思います。
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それでも、日本人は「戦争」を選んだそれでも、日本人は「戦争」を選んだ
(2009/07/29)
加藤 陽子

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戦争(局地戦)は大昔からありました。しかし現代の戦争である総力戦は南北戦争(注1)以降になります。

総力戦は南北戦争(1861-5)、普仏戦争(1870)、第一次世界大戦(1914-9)、第二次世界大戦(1939-45)となります。

総力戦の特徴は軍事力のみでなく、政治、科学、情報など国家のあらゆる能力を総動員することにあります。
また、一番重要な事は戦勝国は敗戦国の憲法を変えるということです。
日本も、戦後憲法を変更させられました。
倉山満は【日本人には「8月15日が終戦ではない。むしろ、占領政策こそが総力戦の本番」という認識】がないと嘆いています。

18世紀の思想家ルソー(1712-78)はその論文(戦争および戦争状態論)のなかで、「戦争は国家と国家の関係において、主権や社会契約に対する攻撃、つまり、敵対する国家の、憲法に対する攻撃、というかたちをとる」と述べています。
(「憲法とは何か」長谷部恭男)
憲法とは何か (岩波新書)憲法とは何か (岩波新書)
(2006/04/20)
長谷部 恭男

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ルソーは、近代の総力戦を予言していたと加藤陽子は言います。
しかし、事実は逆で、近代の政治家はルソーの思想を近代の戦争で実現したのだと思います。

(注1)憲法の改正が大きな意義を持った例として人種差別の是正を目的として南北戦争後に行われた第13条修正から15条修正までの3ヶ条が挙げられることが多いが、これらの改正が実際上の効果を挙げたのは、改正が実現してほぼ100年後の各種の公民権法の制定及びそれを支える公民権運動の賜物であった。(「憲法とは何か」p129長谷部恭男)

以下メモ

・「日本切腹、中国介錯」胡適(コテキ)
・汪兆銘(オウチョウメイ)の夫人は・・・「蒋介石は英米を選んだ、毛沢東はソ連を選んだ、自分の夫・汪兆銘は日本を選んだ、そこにどのような違いがあるのか」と反論したといいます。p329

20130331注1追加しました
20130329メモ追加しました
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ノモンハン 1939――第二次世界大戦の知られざる始点ノモンハン 1939――第二次世界大戦の知られざる始点
(2013/12/26)
スチュアート・D・ゴールドマン

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3年前の私にとって、負ける戦争を、日本がなぜ戦わなければならなかったのか?謎でした。
その後、戦争に関連する本を読むにつれ、「日本が・・・」という視点から、「各国は・・・」という視点に変わってきました。
当たり前ですが、大航海時代以降世界の国々は一国だけでは存在せず相互に関連しあっていたからです。

戦前の国際社会における主役級のプレイヤーは英米であり独であり、ソ連でした。
残念ながら日本は脇役だったようです。
ですから「なぜ日本が」と日本の事情だけを考えても答えはでず、主なプレーヤーの事情を考えないといけなかったのです。

そしてこの戦争で一番うまくやったのが、共産党のソ連のスターリンだったようです。
戦後、中国を手に入れたのはアメリカではなく、中国共産党でした。

今では想像するのは難しいのですが、当時の欧米諸国にとって共産主義は国家転覆を目論む大変危険な思想だったようです。
ソ連はその総本山といえる大変危険な国だったようです。
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